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福岡高等裁判所 昭和45年(ネ)733号 判決 1976年4月12日

控訴人

アール・ケー・ビー毎日放送株式会社

右代表者

小林幸三郎

右訴訟代理人

村田利雄

外五名

被控訴人

具島陽一

被控訴人

古賀勝

右両名訴訟代理人

諫山博

外九名

主文

本件各控訴を棄却する。

被控訴人らの申請の趣旨の滅縮により、原審認可にかかる仮処分決定第二項は、控訴人は、被控訴人具島陽一に対して一ケ月金八万〇、四九〇円、被控訴人古賀勝に対して一ケ月金五万八、一九〇円の各金員を、右決定正本送達の日より昭和四五年一〇月二日まで毎月二〇日限り支払えと変更された。控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一、原判決第二の事実は当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、控訴会社の就業規則及び給与規定上に、起訴休職に関し控訴人がその主張(一)において主張するような各規定の存することが窺われる。

そして、控訴会社が起訴休職に関し右の各規定を設けた趣旨ないし目的が身柄拘束もしくは公判定への出頭義務に基づく就業不能もしくは困難のおそれに対する配慮ばかりでなく、公訴の提起を受けた従業員をそのまま職務に従事させることにより、対内的には職場の規律ないし秩序の維持をはかるのに支障をきたし、対外的には、特に公共性ある報道事業を営むものとして、暴力追放等のキヤンペーンを展開するなどして長年月に亘つて培つてきた控訴会社の社会的、経済的信用が損われることに対する配慮にあつたことは、<証拠>により認められるところである。

二そこで、右控訴会社の起訴休職規定の合理性ないし効力について検討する。

1 いわゆる起訴休職制度について。

(一) 従業員が罪を犯したとして起訴された場合、企業は、その被疑事実についての存在を把握していれば、直ちに懲戒処分をなすこともできるが、企業が独自に被疑事実の存否を確定することは、当該従業員が起訴にかかる犯罪事実を自白して争わない場合は格別、それを否認し、かつその被疑事実が企業外の非行である場合は甚だ困難であるから、事実の確定のため慎重を期し、刑事裁判の結果を待ち、その判断をなしうる程度まで事実が確定されたとき、懲戒処分を検討することとし、それまでの間暫定措置として従業員を企業から排除するため、休職処分にする必要な場合がある。

このように起訴を契機に休職を命じうるとはいえ、起訴事実の内容を検討することなく、起訴されたということから直ちに許されるわけではなく、それには自ずと内在する合理的制約が存するものといわねばならない。

というのは、起訴休職処分は、前記のように、従業員に犯罪行為があつたものとして起訴された場合、懲戒を行うに当つて、その事実の確定に慎重を期するため刑事裁判の結果を待ち、その判断をなしうる程度まで事実が確定されるまでの間、暫定の身分措置として当該従業員を企業から排除しようとするものであるから、通常は懲戒処分を予定しているものというべきところ、起訴休職処分を受けた従業員は、休職期間中企業から暫定的ではあれ排除され、賃金の面においては減額支給され、休職期間中は勤務年数に算入されない等の実質上不利益な取扱を受け、起訴事実が軽微で事実が確定しても重い懲戒処分に値しないときは、起訴休職によつて与えられた不利益の方が最終的懲戒処分により与えられるそれより大きいという不合理な結果をまねくこともあるから、起訴休職処分は、起訴の対象となつた事柄自体からみて、少なくとも懲戒処分の対象となる可能性が存し、かつ相当程度以上の懲戒処分がなされる可能性が明らかに存する場合に限り容認されるものと解すべきだからである。

(二) そして、いわゆる起訴休職制度の合理性は、一般にいわれているように次の点に求めることができるであろう。

(1)  一般に、刑事事件で起訴されても有罪判決のあるまではその事実について無罪の推定を受けるが、刑事事件の有罪率が極めて高い我が国の刑事裁判の実状からすると、犯罪の嫌疑が相当程度客観化したものとの社会的評価を受けることもやむをえないところである。そのため、企業が刑事被告人たる従業員を引続き就労させる場合、当該従業員の地位、職務内容、起訴事実、態様、当該企業の性格によつては、起訴ということ自体から、対外的には企業の信用を失墜し、対内的には職場規律ないし秩序の維持に支障を生ずることがある。

(2)  また公判審理が身柄拘束のまま行なわれている場合は勿論、拘束されていなくても通常の場合は公判期日の出頭が義務づけられているので、当該従業員からの労務提供が期待できない状態も生じる。仮に年次有給休暇を利用するとしても、使用者としての時季変更権の行使に制約を受ける結果となり、企業としては労働力の適正な配置に障害を生ずることがある。

以上により、当該従業員を企業から排除する必要性があり、ここにいわゆる起訴休職制度の合理性を認めることができる。

(三) そして、更にその運用に当つては、起訴の対象となつた事柄が企業外における職務と関係のない非破廉恥的な犯行である場合は、起訴という事実によつて企業の対外的信用の保持と対内的な職場秩序の維持とに何等かの影響を及ぼすことがあつたとしても、これをもつて直ちに休職処分の合理性を認めることはできず、企業外の行動は原則として懲戒処分、起訴休職処分の対象とはなしえないものであつて、ただその行動によつて会社の信用を失墜させたり、会社に損害を加えたり、そのことによつて職場秩序を乱すといつた場合にのみそれらの対象となしうるという見地から慎重に定められねばならない。

2  起訴休職に関する会社就業規則並びに給与規定の定め等について。

(一)  起訴休職に関する会社就業規則並び給与規定については前記認定のとおりであり、<証拠>によれば、その五三条一項に「休職中の期間は別に定めのある場合を除き、勤続年数に算入しない。」との定めがあることが認められるが、右につき別の定めは見当らず、本件休職期間中の賃金についてはその六割が支給されていることは控訴会社の自認するところである。

(二)  他方会社就業規則の懲戒に関する規定をみるに、<誕拠>によると、六六条一項に「従業員が次の各号の一に該当する時は七一条所定の手続を経て懲戒する。」その二項に「特に次の各号に該当する場合はその程度に応じて懲戒解雇または諭旨退職とする。但し情状によりその他の処分に軽減することがある。」とし、その②に「他人に暴行脅迫を加え、または業務を妨害したとき」(14)に「法律上の罪を犯し従業員としての体面を汚したとき」と定め、その方法を定める六七条は「懲戒は次の一または二以上によつて行う。

(1) 譴責 文書をもつて将来を厳しく戒める。

(2) 減給 六ケ月を超えない範囲において定まつた期間給与総額の一〇分の一以内を減額する。

(3) 出勤停止 一〇日以内出勤を停止し、その期間の給与を支給しない。

(4) 降格  資格を下げる。

(5) 降職  職務上の地位を下げる。

(6) 諭旨退職解雇予告をなし、退職を勧告する。

この場合、退職金は全部または一部を支給する。

ただし、退職勧告に応じない場合は、懲戒解雇とする。

(7) 懲戒解雇 即日解雇とする。この場合、退職金は支給しない。」

となつており、以上の認定に反する証拠はない。

3 ところで、公訴の提起を受けた従業員を起訴休職にするか否かはもとより会社の人事権の問題であるとはいえ、従業員にとつては休職処分による休職期間中企業から暫定的であるが排除され、賃金の支給、勤続年数の計算において実質上の不利益を被るのであるから、会社は休職処分をなすに当つては、前記休職制度の趣旨ないし目的を考慮するは勿論従業員の不利益も併せ判断するのが相当で、その裁量権の範囲には自ら合理的制約が存するものというべく、起訴休職を規定した就業規則四九条(3)ロが文字どおり、刑事訴追を受けた従業員を、当然に、一律に起訴休職処分に付すると解すべきものとすれば、それは前記起訴休職制度一般について述べた制度自体に内在する合理的制約の存在を無視した不合理なものとして無効の疑を免れないであろうか、右規定は当然に右のように合理的限界を付して有効と解すべきである。

三そこで本件休職処分の当否を検討する。

1  <証拠>を総合すると以下の事実を認めることができる。

被控訴人らは、昭和四〇年八月二四日本件で逮捕されたが勾留されることなく同月二七日釈放された。そして同年一〇月五日起訴されたが、本件休職処分がなされた同月二六日までの間には公判期日はなく、その第一回公判期日は翌四一年四月八日であつた。その後公判期日は、第一審において昭和四三年三月二二日判決言渡まで月に一、二回程度で三〇回、第二審において昭和四四年五月一四日第一回公判以降ほぼ隔月に一回の割で一五回開かれた。被控訴人らの当時の職務は前記のとおりであつて、昭和四〇年一〇月当時被控訴人具島の属する課は課長以下六名で同被控訴人は三名の放送記者のうち一名であつた。そうして同被控訴人は他一名の記者とともに国会記者クラブに属し、関係の取材活動に当つていた。そのほか会社が加盟しているJNN系列各局の在京デスク会議への出席打合せ等が主な業務であつた。また被控訴人古賀の属する経理課は、昭和四〇年一〇月当時課長以下四名で、現金出納、諸経費集計、金銭保管等が同被控訴人の主な業務であつた。

以上の事実が認められ、他方本件休職処分がなされた当時、被控訴人らがあらためて身柄を拘束されたり、あるいは前記認定よりも更に高密度で公判が開廷されたりなどして、前記の労務提供に支障を生じるおそれがあつたことを認めるに足りる疎明は全くなく、その公判が右認定の程度であるならば、出頭のための欠勤は有給休暇をもつて処理することもできたと推認される。前記の職場の構成、業務内容からみて会社が公判期日に有給休暇を申請された場合、しばしば時季変更権を行使しなければならないような事態が予測されたとは考えられない。

してみると、本件休職処分当時、被控訴人らに起訴されたことによる労務提供の障害はなかつたし、また将来これが生ずるおそれもなかつたと認めるのが相当で、<証拠判断省略>。

2  次に本件起訴記載の公訴事実(別紙)、<証拠>を総合すると、以下の事実が認められる。

(一)  本件公訴事実は、労働組合の抗議行動中に発生した事件で、その起訴状記載自体からみても、殴る蹴るといつた他人の身体に対する理由の如何によらない明らかな攻撃させる粗暴な性格から出た行為ではなく、その違法性、有責性は行為の具体的事情により評価を異にする場合がすくなくない性質の事件であつた。従つて被告人たる被控訴人らに対する社会的評価も、一般の刑事事件とはかなり異るものと考えねばならぬこと。

(二)  本件休職当時会社東京支社は約八〇名位が勤務していたが、約五〇名弱が組合員であつた。そうして組合分裂のきざしはいまだなく、組合員は被控訴人らを支援し、管理職を含む非組合員らも、起訴前は起訴されると休職処分になることを心配して起訴に至らぬことを念じ、起訴後も起訴されたゆえをもつて被控訴人らを嫌う動きはみられなかつた。

(三)  本件は企業外で発生した事件であり、被控訴人らは昼休み時間に東京支部連構成員として、職務とは無関係に行動したものである。

(四)  もつとも会社は、申請外山陽放送とともに東京放送系のJNNネツトワークに属し、ニユース協定による取材分担、番組共同作成等の協力関係にあつた。そのため前記の如く被控訴人具島は、JNN在京デスク会議にも出席し、申請外山陽放送の担当者と接触する機会も多かつた。しかし本件はもともと申請外山陽放送とその従業員間の紛争に端を発し、同社労組も民放労連に属して被控訴人らを支援していた。

(五)  被控訴人らは釈放後また前記の職場に戻つたが、本件起訴後休職までの間、起訴のゆえをもつて被控訴人具島の取材活動が拒まれたり、被控訴人古賀の業務に支障があつたりしたことはなかつた。

(六)  控訴会社は、控訴会社の就業規則が前記のとおり、従業員が起訴された場合は休職とするとなつていたことから、深く検討を加えることなく、被控訴人らの起訴の事実から直ちに休職処分にしたこと。

右のとおり認めることができる。

もつとも前掲疎明によると、被控訴人らの逮捕起訴は一般の報道機関により報道はされなかつたが、すくなくとも一部の業界紙では報道され、あるいは逆に民放労連側の情宣活動を通じて限られた範囲にしてもある程度は知れ渡つたと推認される。しかし、全疎明によつても、被控訴人らが就業を続けることにつき会社あて取材先から苦情があつたり、一般視聴者から抗議が寄せられたりした事実を疎明するに足る資料はなく、申請外山陽放送をはじめJNN加盟各社の抗議等の動きを認めるに足りる資料もない。

また、会社が国民生活に影響力の大きいテレビ、ラジオの放送を業とする報道機関であつて、その意味で公共性を有し、放送法による規律を受けるほか、会社は放送憲章を定め、番組基準を設けて放送内容の適正、向上に努めようとし、また交通事故追放、暴力追放等のキヤンペーンを行うなどしていること、その他放送事業者として企業信用の保持向上を配慮していることも首肯しないわけではない(<証拠>)。

しかし、以上の諸事実関係を総合すれば起訴された被控訴人らをそのまま就労させた場合、職場規律ないし秩序の維持に支障を生じ、あるいは企業の信用を失墜し、ひいては経営上の支障を生ずると憂慮されるような事情はなかつたものと認めるのが相当である。

<証拠判断省略>

3  してみると、本件休職処分は、それを有効とする合理性の根拠を欠き、就業規則の解釈適用を誤り、更に前記の如き被処分者の被るべき不利益を考慮すれば、裁量権を乱用してなされた違法があると認められるのが相当である。よつて本件休職処分は無効といわねばならない。

四ところで、起訴休職中の資金請求権の有無は、直接起訴休職処分の効果と関係がないとはいえ、起訴休職処分が無効である場合、控訴会社の就業拒否には格別正当な理由がないことに帰し、これに基づく被控訴人らの労務給付の不能は、民法五三六条二項にいう使用者の責に帰すべき事由によるものというべきであつて、被控訴人らが本件仮処分の裁判の正本送達の日以降その復職が認められた日の前日である昭和四五年一〇月二日まで毎月二〇日限り前示金額の賃金請求権を有することは明らかである。

五而して、本件仮処分の必要性が存したことについては、原判決第五の五(原判決二四枚目裏四行目から二五枚目表一〇行目まで)説示のとおりであるから、これを引用する。

六してみると、右と趣旨を同じくする原判決は相当であつて、本件控訴はいずれも棄却を免れず、控訴費用の負担について民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(亀川清 美山和義 松尾俊一)

別紙公訴事実

被告人古賀勝は日本民間放送労働組合連合会東京支部連絡会書記長、同隈正之輔は同連絡会常任委員、同具島陽一、同林淳の両名は同連絡会々員であるが、東京都中央区銀座七丁目一番地所在ヤマトビル内、山陽放送株式会社東京支社(支社長戸島志郎)技術課員で右組合東京支部連絡会常任委員である柳井宣二が右会社の業務に関し好ましからざる行為があつたものとして、昭和四〇年五月四日右支社長より顛末書の提出を命ぜられたことを聞知するや、被告人らは、右柳井宣二がメーデーに参加したためその責任を追求されたものであるとして、同月一〇日より前後数回に亘り右東京支社に押しかけ、右戸島支社長らに対し柳井に対する顛末書提出命令の撤回等を要求して抗議行動を繰り返していたところ、

第一 同月一四日午後零時一五分頃ほか約二〇名と共謀の上前同様抗議の目的をもつて、右東京支社に押しかけ、同支社事務室内において同支社総務課長兼技術課長本間孝夫(当四二年)らに対し、社長への面会取次等を申し入れたが右本間孝夫らよりこれを拒絶された上、速やかに立ち去るよう再三要求を受けたにもかかわらずこれに応ぜず、同月午後零時五〇分頃まで同事務室内に止まつて退去しなかつた。

第二 その際同日午後零時三〇分頃、同所において、前記本間孝夫を取り囲んだ上、抗議文の朗読をはじめたため、同人がその状況を写真撮影したところ、被告人らは共謀の上口々に「われわれに挑戦する気なのか。」「フイルムをよこせ。」などと怒号して右本間孝夫につめ寄り、同人の背後からその両腕を掴んで捻じ上げるとともにカメラを掴んで引張るなどの暴行を加え、よつて同人に対し治療約五日間を要する右栂指挫創兼左手背打撲挫傷の傷害を負わせた。

ものである。

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